絵本市場のいま 少子化でも売上好調な理由とは?コロナ禍におけるプロモーション事例も紹介

絵本市場のいま 少子化でも売上好調な理由とは?コロナ禍におけるプロモーション事例も紹介

出版

出版不況、そして少子化が続いているなかでも、近年、児童書は好調に売上を伸ばしています。本稿では、児童書のなかでも、特に絵本に絞って、売上好調の理由やコロナ禍におけるプロモーションの取り組みについて解説し、オンライン化も含めた絵本の今後の可能性を考えていきます。

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出版市場の動向…紙市場は15年ぶり増収

出版科学研究所の出版月報(2022年1月)によると、2021年の紙と電子を合算した出版市場は、前年比3.6%増の1兆6742億円となりました。

紙市場(書籍・雑誌合計)は1.3%減の1兆 2,080 億円。雑誌が5.4%減の 5,276 億円と厳しい状況の中、書籍は2.1%増の6,804億円という15年ぶりの増加となりました。絵本や、図鑑、学習漫画などの児童書や文芸書の売れ行きが好調であったことが要因とみられています。一方、電子出版市場は18.6%増の4,662億円、特に電子コミックは20.3%増と増加が著しく、電子市場におけるコミックの占有率は88.2%と9割に迫る勢いです。

絵本市場の動向…2021年も児童書はプラスに推移

2021年に前年比4%の増加となった児童書は、近年、少子化にもかかわらず堅調に売れ続けています。KDDI総合研究所の調査レポート「拡張する絵本の世界」によると、2000年を起点とした売上高の推移では、2018年時点で、ほかのジャンルがすべて減少しているのに対して、児童書は約1.5倍の売上となっています。

児童書といっても、児童読み物、図鑑、学習漫画などさまざまなジャンルがありますが、2021年版出版指標年報によると、その35.5%を占めているのが絵本です。長年読み継がれている作品が多いのが絵本市場の特徴ですが、2020年は特に定番のロングセラー作品の売れ行きが好調でした。絵本の歴代発行部数1位の『いないいないばあ』(株式会社童心社)は、刊行53年目の2020 年 11 月 24 日(火)、339刷で累計出版部数 700万部を突破。歴代発行部数2位の『ぐりとぐら』(株式会社福音館書店)は530万部、3位の『はらぺこあおむし』(株式会社偕成社)も420万部と、共に部数を伸ばしました。このように、絵本は世代を超えて読み継がれていき、いつの時代でも支持される普遍的なコンテンツであり、そのことが、絵本市場をゆるがないものにしている理由のひとつであるようです。

絵本の売上が好調な理由

出版不況や少子化にもかかわらず、絵本の売上が好調な理由には、作家や出版社、書店、図書館、学校から自治体まで、さまざまな人々が関わって、絵本を読者へ届ける努力をしていることが大きいと言えます。その要因について詳しく見ていきます。

教育政策による自治体や学校の読書推進活動

2001年の「子どもの読書活動の推進に関する法律」施行以降、都道府県と市町村が教育委員会や福祉部局、学校、図書館、民間団体、民間企業等の関係者と協力して、子どもの読書を推進する活動を行ってきています。例えば自治体では、赤ちゃんのいる家庭に無償で絵本を提供する「ブックスタート」という活動が、学校では始業前に10分間読書をする「朝の読書」活動が広がっています。こうした活動のなかから、0歳から読むファーストブックとして人気となった絵本「だるまさんシリーズ」(株式会社ブロンズ新社)、朝読人気ランキング1位となったショートショート集「5分後に意外な結末シリーズ」(株式会社学研プラス)といったヒット作品が生まれています。

書店やイベントなど絵本と触れ合う場の増加

また、読者が絵本と触れ合う場も増加しています。コロナ感染拡大前は、書店では読み聞かせ会やおはなし会、作家によるサイン会やトークショー、原画展、ワークショップなど、いろいろなイベントが行われていました。2019年4月から、「おしりたんていシリーズ」の映画公開に合わせて、版元であるポプラ社は全国約3,300軒の書店で読者参加型の謎解きイベントを行っています。

その他、絵本専門美術館や図書館も増えて、親子で参加できる「上野の森 親子ブックフェスタ」のような大規模なブックイベントも行われています。同イベントでは、作家による読み聞かせやサイン会の他、作家に似顔絵を描いてもらえるコーナーなど、さまざまな催しが企画されています。

残念ながら現在、コロナ禍のためイベントは控えるところも多くなっています。しかし、そのようななかでも、2021年10月には丸善 丸の内本店が、絵本のキャラクターや世界観をモチーフにした絵本専門書店「EHONS TOKYO」をオープンさせるといったように、これまでとは違った形で読者と絵本が触れ合う場の提供が模索されています。

多様な作品で新たな読者の獲得

従来の絵本の枠を超える作品が増えていることも、新たな読者を獲得する要因となっています。例えば、「発想えほんシリーズ」(株式会社ブロンズ新社)といった子どもたちに大人気の絵本を数多く手がけるヨシタケシンスケさんは、もともとイラストや広告美術などを手がけるクリエイターでした。近年では、ほかにもお笑いタレントの西野亮廣(あきひろ)さんの『えんとつ町のプペル』(株式会社幻冬舎)や発達認知学者の開一夫さんが監修した『もいもい』(株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン)がベストセラーになるなど、異業種の才能が手がける、新しい視点を持つ絵本は、人々が絵本に目を留めるきっかけとなっています。

さらに顕著なのは、絵本のテーマの広がりです。セクシュアル・マイノリティや見えにくい困難を抱える人たちなどの多様性を考慮に入れた作品、SDGs関連や性教育のような社会的価値観を反映させた作品などが、読者から求められるようになっています。2021年には、3歳から読める性教育絵本『性の絵本 みんながもってるたからものってなーんだ?』(株式会社KADOKAWA)が刊行され、大きな話題となりました。社会の価値観の変化に伴い、多様な絵本が出版されていくことが、今後も絵本が売れ続けるキーポイントのひとつとなるかもしれません。

コロナ禍による巣ごもり需要

そして、忘れてはならないのは、やはりコロナ禍の巣ごもり需要の影響です。学校に行けない、友だちと会えない、外で遊べないといった状況下、子どもの遊びや学習の一環として、絵本の重要性が高まり、購入につながっていると考えられるでしょう。2021年は「第11回リブロ絵本大賞」「第1回TSUTAYAえほん大賞」を受賞し、書店の応援を受けた『パンどろぼう』(KADOKAWA)の大ヒットもありました。コロナ禍で生活や学習環境が変化する中で、ヒット作も含めてさまざまな絵本を楽しむ経験をした子どもたちが増えると、今後の市場拡大が見込めそうです。

動き出す絵本のデジタルシフト

コロナ禍において多くの出版社がデジタルシフトしましたが、絵本の出版社も例外ではありませんでした。もともと小学生以上を対象にした児童書は、デジタル教科書へとつながることからデジタル化が進んでいましたが、緊急事態宣言による休園・休校中に知育絵本や図鑑は、次々と電子書籍化されました。特にデジタル化に積極的な動きがあるポプラ社では、2021年に小中学校向けに電子書籍読み放題のサブスクリプションサービス「Yomokka!」を開始。ガチャを回して思いがけない本と出合える「きょうの1さつ」や、自分のおすすめ本を紹介できるランキング機能など、楽しく本に触れられるさまざまな工夫があり、新しい本との出会いをサポートしています。2021年度は、ポプラ社の作品約1000冊を掲載、2022年4月からは有料版のサービス開始に合わせて、ポプラ社以外の出版社の作品も順次追加される予定です。

絵本の出版社による違法動画の規制

しかし、そのようなデジタルシフトの大波が起こっているなかで、インターネットでの絵本の扱い方に関して問題も起こりました。インターネット上に著者や出版社に許諾を得ない違法動画が激増したのです。大部分は、絵本の読み聞かせ動画をYouTubeに上げるといった、コロナ禍で外出が制限される中で子どもを楽しませることを目的とした悪意のないものでした。しかし、なかには課金や商品への誘導などの営利目的の動画もありました。

一方、著作権侵害だと分かっていても、自宅で過ごす子どものために仕方なく違法動画を見せた親たちが多数いることも分かってきました。出版社は対応に踏み出し、すでにアップロードされている動画には削除申請を出したり、1回限りのオンラインであれば使用可といった規制を設けたりしています。とはいえ、続々と新しい動画が配信されているのが現状です。各出版社や絵本出版業界が、一般読者に向けた著作権に関する啓発活動を行っていく必要がありそうです。

コロナ禍での絵本の出版社によるプロモーション

読み聞かせやサイン会など、絵本と触れ合うリアルイベントや展示会のような営業イベントがたくさん中止になったコロナ禍でも、絵本の売上は好調を維持していました。通常のプロモーションができない状況で、絵本の出版社がどのような取り組みを行ったかを紹介します。

書店イベントの代わりにオンライン読み聞かせ会

書店での読み聞かせやサイン会といったイベントができないことから、絵本の出版社もオンライン配信で読み聞かせイベントを行うようになっています。例えばチャイルド社は、2020年9月に『コロナウイルスのころなっちとぼく』というコロナ対策絵本を刊行。絵本の販促とコロナ対策の周知を兼ねて、読み聞かせ動画の2次元コードつきのプレスリリースを配信しました。

また、書店での読み聞かせイベントのオンライン配信も行われるようになっています。「こどものいる暮らし」をコンセプトとする柏の葉 蔦屋書店では「子ども未来フェス」と題したオンラインイベントが企画され、株式会社フレーベル館、株式会社ひさかたチャイルド、株式会社ほるぷ出版などから絵本を刊行している作家が参加しています。

図書館司書や担当の先生に向けてオンライン無料ゲラ配布

ポプラ社は、発売前にゲラを電子データで配布するサービスを行う「NetGalley」と共同で、図書展示会や巡回販売の中止によって新刊書籍を手に取れない司書や学校図書館担当の先生に向けて、「図書館選書応援キャンペーン」という無料ゲラ配布を行いました。一般読者に対しても、NetGalley上で対象商品のレビューを書くと抽選でプレゼントが当たるキャンペーンを同時開催しました。

ブックイベントの代わりに講演会オンライン同時配信

日本児童図書出版協会や出版文化産業振興財団、子どもの読書推進会議が共催していた「上野の森 親子ブックフェスタ」は、上野公園で毎年行っていた本の即売会が2年連続で中止になりました。その代わり、2021年は東京都美術館講堂での作家の講演会や体験授業をオンラインにて同時配信。絵本業界では一定の手応えがあったと好評だったそうです。

絵本の電子化の現状

このようにデジタルシフトを始めた絵本出版社ですが、これで電子化が増えるかというとまだまだのようです。電子書籍の絵本では、読み上げ機能やタッチすることで音が出たり動いたりするなど、デジタルならではの表現方法が可能です。しかし、子どもの発達や親子のコミュニケーションなどの視点から考えられた判型や手触り、色遣いといったアナログの良さは、紙の本ならではのもの。また、おとなが子どもに寄り添い、肌と肌を触れ合わせてページをめくりながら感動を共にすることは、幼少期の貴重な体験となります。このように、紙の絵本ならでは良さを大切に思う出版社が多いことが、電子化に踏み切れない理由のひとつともいえるでしょう。

他にも、出版社によってはデジタルコンテンツに人員を割く余裕がないといったマンパワーに関する問題もあります。

一方で、電子化された絵本にもさまざまなメリットがあります。どんなに購入しても場所を取ることがなく、旅行先に持っていくにも重い絵本を持ち歩く必要がありません。電子化されれば、絶版になってしまった良作な絵本もいつでも読むことができます。また、子どもが実際に画面を触って、音を出したり登場人物を動かしたりできる機能を付けて表現を広げることも可能です。このように、紙の絵本の表現とはまた違った、電子化された絵本ならではの良さを活かしていけば、紙の絵本、電子化された絵本、お互いの市場を活発化していけるのではないでしょうか。

今後の絵本市場の可能性

出版不況や少子化にもかかわらず、現在も売上が堅調に伸びている絵本市場。その理由には、子どもたちの読書活動を推進する教育政策や絵本と触れ合う場の増加、多様な作品による新たな読者の獲得、コロナ禍の巣ごもり需要などがあると考えられています。コロナ禍でオンライン化が加速したとはいえ、紙ならではの絵本やグッズなど、新しいコンテンツの開発にはまだ可能性があります。また、電子化も本格的には進んでいないため、この数年で大きく状況が変わることも十分考えられます。紙と電子の両方において、絵本や児童書の世界には大きな将来性があるといえそうです。

図書印刷は、当社が製作に携わった特徴的な絵本を一冊取り上げて、作家様や出版社の編集ご担当者様にインタビューした「絵本っていいね!」を発行しています。絵本制作における裏話、絵本に込めた想いなどを語っていただいています。また、絵本づくりに携わる図書印刷の「人」や「技術」もあわせてご紹介しています。ぜひご覧ください。

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参考:

絵本・児童書 ~一貫製造体制と職人たちの技術力で、お客様のこだわりを形にします~

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