「巨人用 進撃の巨人」ギネス世界記録への挑戦 それを実現したプロジェクトを支えたもの

「巨人用 進撃の巨人」ギネス世界記録への挑戦 それを実現したプロジェクトを支えたもの

出版

世界中に熱狂的なファンを持つ『進撃の巨人』。2021年3月に、その完結記念として発売された『巨人用 進撃の巨人』は大きな話題をさらいました。165,000円(消費税込)の高額商品にもかかわらず、発売開始からわずか1分半で限定100冊が完売。その人気の凄まじさを見せつけました。

さらに、縦は1m超え、横幅も70cm以上、重量は約14kgという、この巨人サイズの超大型版コミックスは「出版された最大の漫画本」としてギネス世界記録に認定。この挑戦に、図書印刷は製造として参画させていただきました。

実際、どういった経緯で、また、どういった工程でチャレンジを完遂したのか。プロジェクトの中心人物である営業の平野雄三氏、製本コンシェルジュ(※)の岩瀬学氏に語ってもらいました。

※製本コンシェルジュ……装丁にかかわるお客様のさまざまなアイデアを形にし、具体化する仕事。

巨人が読むコミックス!? とにかく大きい、ギネス級の本を作りたい

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平野雄三
図書印刷株式会社
第二情報デザイン営業本部

『進撃の巨人』の出版元である講談社から最初に聞いたのは「とにかく大きい本を作りたい」というふんわりとした話だったと、平野氏は言います。

「1mを超えるくらいの大きさという感じで、当初は具体的なサイズの指定はありませんでした。けれど、どうせならギネスを狙おうという意見が出まして…」

かなりチャレンジブルな依頼です。それでも平野氏はその場で「大丈夫、できます」と即答したそうです。そこにはこんな理由がありました。

「元々、図書印刷は特殊な製造に強いというイメージがあって、他社ができないことをやってきたという自負もあります。だから、ここで手を挙げなきゃカッコ悪いと思いました」

平野氏から話を聞いた岩瀬氏は「問題がないわけではないけれど、まあ、できるだろう」と考えたと言います。以前、600mm×450mmサイズの本を作った経験があったため、できないことはないと思ったそうです。

お客様がやりたいことと、技術的にできることの落としどころを見つけること。お客様の希望を現実化するお手伝いが私の役目ですから」

こうして、本格的にプロジェクトが動き出しましたが、完成までには、いくつもクリアしなくてはならない難関がありました。

まずは、用紙選びです。コミックスの再現なので、同じ紙を使いたいところですが、薄すぎるため、巨大サイズになるとどうしてもたわんでしまいます。ページをめくるときなどに破れやすくもなるので、紙にはある程度の厚みが必要でした。ただ、厚くしすぎても、本が開きにくくなるなど別の問題が。結局、強度と開きやすさ。その両方をクリアする用紙の選定には、技術者たちの経験が物を言ったようです。表紙もチップボールを2枚重ねて厚みを出し、中身の重さに耐えられるよう強度を上げました。

さらに、平野氏によれば、こんな問題もあったそうです。

「当初は、コミックスの第1巻をまるごと再現する予定でした。けれど、192ページとなると重さは約23kgにもなり、本自体の重みで壊れてしまう可能性もあります。そして何より、コストもかなり膨れ上がることになるので、これは現実的ではないだろうと。結果、第1話と第2話を収録した96ページ装丁ということになりました」

 

変えるべきは変え あえて変えずに残すべきところは残す

実は製造に入る前、平野氏は印刷について懸念していたことがありました。データを拡大することによって絵柄が荒れるのではないかという点です。しかし、サンプルを印刷した段階で、拡大による画質の劣化は見られず、ほっと胸をなでおろしたと言います。

ただ、実際に『巨人用 進撃の巨人』を開いてみると、1ページ目の画質が悪いように感じました。疑問に思って聞いてみると、平野氏から意外な答えが返ってきました。

「このページ、実は元のデータに忠実なんです。連載の初回だったからなのか、作家さんに意図があったからなのか、はわかりませんが、あえて画質の修正はしませんでした。線をなめらかにしたり、キレイにすることでそこにあった作家さんの意図を我々が消してしまうことは避けたいと思ったのです」

データを拡大することで画質が低下したなら修正するけれど、そうでないなら手を加えるべきではない。その言葉に、作家や作品に対するリスペクトを感じます。

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印刷の難関は表紙にありました。超巨大サイズの本だけに、表紙は3分割で印刷されます。そのときに問題になるのが色合わせです。特に裏表紙の背景が黒だったため、少しでも色が変わると目立ちます。そこで、先に印刷した部分の黒を参考にして、次の部分を刷ることに。1色ではなく、何色かを掛け合わせた黒なので特に気を遣いました。

さらに、3分割した表紙をズレのないように合わせる作業もひと苦労でした。

「裏にガイドを付けたり工夫して、絵はほぼズレがないよう合わせられました。ただ、文字はさすがに難しく…。裏表紙に4行ほどの文章が入っているのですが、文字を少し小さくして、分割部分に跨がらないよう調整させてもらいました」と岩瀬氏。

高額な商品なので、ちょっとのミスでお客様をがっかりさせたくないと、細心の注意を払ったと言います。

表紙に関して言えば、当初、講談社は「カバーを付けたい」と希望していました。これは、コミックスをそのまま大きくしたいという意図からです。けれど図書印刷は、この要望を見直してもらうよう提案しました。平野氏曰く、

「カバーを付けるとなると、2.5mほどの紙に印刷をして、それを巻くことになります。これは、製造的にもコスト的にも現実的ではありません。何でもかんでもやります、というわけではなく、コストや品質面、ユーザー目線でのメリット・デメリットをきちんとご説明してご判断いただきます。その上で、今回は見送ることになりました」

 

人力で丁寧に、大胆に。隅々まで注意を払ってお客様の元へ

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岩瀬学
図書印刷株式会社
製本コンシェルジュ

「通常の製本は、丁合をして、穴を開けて、糸を通して綴じ接着するという工程ですが、これほど巨大なサイズを仕上げる機械はありません。ですから、丁合も二人がかりで、しかも手作業。1枚1枚重ねていくだけでも、かなり体力を要する作業になります」と岩瀬氏。さらに、糸も1本では細く、切れてしまう可能性があります。そうなると直すことができないので、3本にしてより丈夫な作りにしたと言います。

また、接着するプレス機もないため、人力で圧をかけるという荒業も。製本のすべての工程に、通常より時間も手間もかかり、大変な作業となりました。

製本でもうひとつ問題があるとすれば、平綴じ部分を通常よりも多めに取る必要があり、そのためにノドの余白を調整しなければならない点でした。たとえば、見開きの左右でノドにかかる部分の絵にズレがあれば、見ているファンは興ざめしてしまいます。特に、見開きにまたがって巨人のアップが描かれているページなら尚更。このもっとも迫力のあるシーンを美しく、インパクトあるものにするため、ノドの余白を大きくするなどの変更が加えられました。

 

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こうして随所に最新の注意を払って仕上げてきた特別な一冊。お客様の手に届くまで、さらなる配慮が必要でした。

「高額であることはもちろんですが、ファンの方々にとってはコレクションとしての価値も高い。となれば、少しの汚れ、破損も許されません。搬送にも最大限の配慮をしました」と平野氏。

専用の収納BOXだけでなく、配送用の専用BOXも用意。無傷で運ぶことはもちろん、長く楽しんでいただくための「使用上の注意」も同封したのだと平野氏は言います。

「火気や湿気、直射日光を避けることや、小さなお子様がいる家庭では本が倒れて怪我などをしないようになど書き添え、大切な、特別な一冊をお届けしました」

 

最後のひと山 ギネスがこのインパクトを認めるまでの道

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(C)諫山創/講談社

 

インパクト抜群の巨人用コミックスがいよいよ完成。けれど、今回のチャレンジにはまだ先がありました。ギネスに世界記録として認められることです。

これまで、出版された最大の本としてギネス記録を持っていたのは、ブラジルの本だったそうです。今回の『巨人用 進撃の巨人』は、それを上回るサイズで作られています。けれど、それを証明しなければ記録は認められません。

「まず、公的な証人をたてて正確に本の大きさを測定する必要がありました。証人は、コミックに詳しい著名な方にお願いをし、測定には、専門家である測量士の方を手配しました。実際に建築現場などで使う測量器を用いてサイズを測り、メジャーを使ったり、それ以外の方法でも何度か測って、サイズに差異がないことを確認しました」と平野氏。けれど、提出する資料はそれだけではなかったと言います。

「製造工程を写真や動画で記録したものも提出しました。製版や印刷、加工などそれぞれの工程を、本当にやっているという証明です。必要な自社の各部門と外注先に取材許可を取って、自分で出向いて行ってカメラやスマホで撮影したのですが、時間も手間もかかるので、これが意外に大変でした」

実は、申請をすること自体に多額のお金がかかるらしいのですが、こちらは講談社が負担をしてくれたので問題はなかったとのこと。

こうしたさまざまな過程をクリアし、『巨人用 進撃の巨人』は無事、ギネス世界記録に認定されたのです。

 

不可能もリスクも乗り越え 挑戦を実現に変える努力を怠らない

『巨人用 進撃の巨人』を製造したことは、講談社以外の出版社からも多くの興味を引いたと、平野氏は言います。

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「これまでも、特殊な製造に強い図書印刷、というアピールはしてきましたが、今回はメディアへの露出も多かったので、かなりインパクトがあったようです。図書印刷ってこういう特殊な依頼も受けるんだ、とも言われました」

他社がやらないことをやる。そこに図書印刷の存在意義がある、という平野氏の想いは、十分に業界内に広まったように思えます。

日本よりむしろ世界での人気が高いコミックだけに、平野氏は営業として世界へ売り出したい気持ちもあったようですが、

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「大量生産は無理。今回も100部程度だから力技で何とかなったけど」と岩瀬氏は苦笑い。もし、2巻目、3巻目、あるいは全巻やりましょうと言われたらどうしますかと問うと「全巻? だったらB4が限界だな」とまたも苦笑いされてしまいました。

平野氏は言います。

「やったことはないことでも、できるか? と聞かれたら、NOとは言いたくないです。失敗するリスクはありますけど、チャレンジすることは大きなチャンスですから、それを逃したくはないですね」

岩瀬氏も最後にこう語ってくれました。

「何でもやります、が図書印刷の信条。けれど、これは不可能がないということではなく、どうしたら実現できるかを考え、工夫し、提案するということ。それが我々のスタンスです」

確かな技術とそれに対する自負、プロフェッショナルとしての矜持が、今回の大きなチャレンジを支えていました。

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図書印刷はお客様の課題解決を支援します

図書印刷は、印刷技術を核として幅広いサービス・製品を提供し、お客様のコミュニケーションを支援しております。

「コンテンツの世界観に合わせた、魅力的なグッズをつくりたい」
「ユニークな装丁のアイデアが実現できるか相談したい」
「周年に合わせた豪華本をつくって、著者やファンに喜んでもらいたい」

…など、お持ちの課題に合わせて、サイズや色づかい、さまざまな特殊な用紙、印刷、加工、製本方式などを組み合わせて、お客様のアイデアの具現化を支援いたします。
お客様の色や装丁へのこだわりにできるかぎりお応えするために、当社にはプリンティングディレクターや製本コンシェルジュがおります。まずは、どんなことでもご相談ください。

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